2006年12月22日 毎日新聞 在日コリアンへの理解深めて 2世の声楽家・田月仙さんが自叙伝 ◇政治に翻弄された一家 韓国と北朝鮮両国で歌った在日コリアン2世の声楽家で二期会会員の田月仙(チョン・ウォルソン)さん(49)=新宿区=が16日、自叙伝「海峡のアリア」(小学館)を出版した。著書は今年の小学館ノンフィクション大賞の優秀賞受賞作。母や北朝鮮に渡った4人の兄に触れ、「日本社会に生き、政治に翻弄(ほんろう)され続けた一家の姿から、在日コリアンへの理解を深めてもらえれば」と話す。【工藤哲】 ◇「3人の兄・母亡き後、自分が事実伝えたい」 田さんは東京・立川市生まれ。朝鮮学校で学び、桐朋学園短大を卒業後、83年に声楽家としてデビューした。平壌とソウルで南北公演を実現し、代表曲に「高麗山河わが愛」がある。 著書では、貧しかった1世の両親が昭島市のアパートに住み、借りたリヤカー1台で廃品回収から身を立て、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の多摩地区の役員を務めたことや、母が一度離婚をし、4人の息子が帰還事業で北朝鮮に渡っていたことを10代後半に知ったことを振り返る。 北朝鮮に渡った後、4人の兄の暮らしは苦しかった。高校や大学に進んだが「反政府組織に加担した」というスパイの疑いが持たれ、1969年から9年間を強制収容所で過ごした。過酷な生活は兄3人の命を奪い、四男の兄は音信不通のままだ。 金正日(キムジョンイル)総書記が拉致を認めて謝罪した後、母は倒れ、昨年2月に78歳で亡くなった。「すべての悲劇のもとは朝鮮半島が南北に分断されたこと」が母の言葉。面影を振り返り「今度は自分が事実を伝える番」だと思った。 田さんは「思いは埋もれさせないからね」と母や兄たちに話しかけながら年末年始に一気に書き上げた。数えると500枚。机に向かうと言葉が次々にあふれてきた。 日本海を隔てて引き裂かれた家族。横田滋、早紀江さん夫妻と母の悲しみが重なる。田さんは「母や兄たちの人生を無駄にしたくなかった。事実をありのままに伝え、その思いが歌と同じように多くの人に伝わってほしい」と話している。 毎日新聞 2006年12月22日 |