高木東六さんの朝鮮劇オペラ「春香」、52年ぶり復活
作曲家高木東六さん(95)が、戦後まもなくつくったオペラ「春香(チュンヒャン)」。そのハイライト場面が今月28日に東京で、52年ぶりに上演される。朝鮮に古くから伝わる恋愛劇をもとに、戦後すぐに在日朝鮮人の依頼で書かれた。だが、その後、まとまって演じられることがなかった。「植民地支配や戦争の傷がまだ尾を引いていた時代に、いち早く在日と日本人が力を合わせて生み出した作品。21世紀に歌い継ぎたい」と、在日韓国人2世のオペラ歌手田月仙(チョン・ウォルソン)さんらが再現に挑む。
戦後まもなく、長野県伊那町(現・伊那市)の高木さんの疎開先へ5、6人の在日朝鮮人が訪ねてきた。オペラを作ってほしいと、熱心に頼まれた……。「春香」誕生のいきさつを、高木さんはこう振り返る。
高木さんはそれまでに何度も朝鮮に足を運び、民族音楽を採譜していた。管弦楽「朝鮮の太鼓」(1941年作、文部大臣賞受賞)など、朝鮮音楽に想を得た曲もいくつかあった。そうした活躍を買われたらしい。
とは言え、対日感情が決して良くなかった時代に、「日本人の僕を信頼してくれるなんて」と感激。これからの時代こそ、朝鮮の人たちとの交流が必要だと考え、引き受けた。
原作は、李朝時代の身分が低い娘と高級官吏の息子の恋を描く。高木さんにとって、オペラ第1作。実は戦前にも「春香」をオペラ化しようと試み、第3幕まで書き上げていた。ところが、戦争で楽譜が散逸し、いったんは断念していた。このため、一から新たに書き下ろした。この間、高木さんが作曲に専念するため、在日の人たちは、生活費の面倒を半年以上見てくれたという。
曲には、朝鮮特有のリズムや「アリラン」の旋律も盛り込んだ。「よくあんなメロディーができたなぁ。朝鮮の人たちの熱意と希望がオペラになったようなものです」と話す。
1948年11月、東京・有楽座で初演。けれどもその後、上演されたことはない。制作を後押ししてくれた在日の間に、このころから、冷戦や南北分断が影を落とし始め、オペラどころではなくなったのかもしれない。
田さんは20年ほど前、このオペラの楽譜を目にした。西洋音楽技法にアジアのリズムを取り入れた先見性に驚き、「解放後間もない時代に、音楽を通じて、日本と朝鮮の本物の交流があった」と胸を打たれた。いつか舞台で歌いたいと、企画を温めてきた。2002年のサッカーワールドカップ共催をにらみ、韓国文化院などの後援も得て、実現することになった。
公演は28日午後4時から、東京都千代田区神田駿河台1丁目のカザルスホールで。料金6000円。問い合わせは、アイ・エー・ダブルへ。