胸を開いて 訪日・金大中大統領(1) オペラ歌手 田月仙(チョンウォルソン)さん 過去のこと 若い人も知って

 

 韓国の金大中大統領が七日、国賓として訪日する。戦後半世紀余を経て、なお両国間に横たわる「過去」を清算するため「胸襟を開いて語り合いたい」と大統領は言う。訪日を、日韓が真の友好を築く礎石にするためには何が必要なのか。両国の実情に詳しい在日の人々に聞いた。

 ――今月二十五日にソウル市で開かれる東京都とソウル市の友好都市提携十周年を記念する行事で、田さんが「夜明けのうた」を日本語で歌うことが決まりました。日本の歌謡曲が韓国で公式に解禁されるのは初めてで、日本文化の受け入れに対する韓国の人々の意識の変化を感じます。

 変わってきたんだな、という実感はあります。文化は最も心が通いやすいものだから、何とか交流のムードづくりをしたい。在日コリアンの私に、このような役割を与えてくれたことに感謝しています。

 でも、韓国は複雑な心境だと思うんです。今では韓国の人たちも日本の歌手の大ファンだったりするのですが、やはりいまだに植民地時代の跡が残っていますから。そのとき日本に自分たちの文化を抹殺されそうになった。例えば創氏改名。朝鮮とか韓国の文化をなくして、日本のものにしなくてはいけないという時代があったわけです。

 戦後五十年たっても、その記憶は風化していない。特に当事者、生き証人たちは。日本文化の開放はうれしいけど、全部開放したらまた文化的に占領されるんじゃないかと思う気持ちは分かりますよね。

 ――そのような過去の歴史を受け止め、乗り越えようとしている若者も日本には数多くいます。

 私は戦後生まれの二世ですから具体的な痛みは知らないし、両親の世代のようなひどい差別も受けませんでした。好きなオペラ歌手の道を歩きながら、日本の友人たちに助けられたことも多かった。一人ひとりの付き合いというのは、不幸な歴史をかなりの部分で超えたと思います。でも国と国、政治家と政治家のレベルになると、失言して謝ることばかり繰り返している。

 だから韓国は信頼感をなくすし、日本は日本で「なぜ大統領が代わるたびに謝罪するのか」と反発する。「遺憾」なんてあいまいな言葉ではなく、びしっと決着をつければ、その後までごちゃごちゃ言う民族ではないんですけど。

 ――「過去の清算」には何が必要でしょうか。

 それはなかなか難しい。人の心の問題ですから。植民地時代に日本が野蛮なことをしたと、今さら責めてもしようがない。でも、過去に何があったのかぐらい日本の若い人に知ってもらいたいと思う。

 もちろん日本人だって愛国心を持たなければならないし、日本を大切にしてほしいと思いますよ。自国の歴史に自虐的な若者ばかりでは困るでしょ。でも朝鮮半島に対しては侵略の歴史があって、その事実の上に今の分断国家があるということを、街を歩いている若い子まである程度は知っているというレベルまでいかないと「過去の清算」は難しい。それはもう、植民地支配の善悪ではないんです。事実関係ですね、認識の問題……。

 逆に韓国は、確かにつらい思いをしたのだけれど「謝れ」ばかりではいけない。韓国の中にも韓国の歴史教育を見直そうとする人も出てきました。それはいいことだと思います。日本の悪いところばかり見るのではなく、良いところも見ないと。

 ――「負の歴史」は越えられますか。

 できると思います。時間はかかるけど。「時がたてば」というところに落ち着いてはいけないのですが、「在日」を含めて、今はまだ人々の痛みはいえていませんから。日本人と韓国人が本当の友人になれなかった一番の理由は無知と誤解。感情論から抜け切れていないんですよ、お互い。でもそれは、人間だから当たり前。客観的に歴史を見て、冷静に話し合える時がくれば真の友好も可能でしょう。

 田月仙さん 東京生まれの在日コリアン二世。オペラ歌手。二期会会員。1985年にデビューし、「蝶々夫人」「サロメ」などの主役を演じる。その後、朝鮮半島の南と北で公演を実現し、“38度線を越えた歌姫”と呼ばれた。ロサンゼルス公演では、祖国統一への思いを託した「高麗山河わが愛」を歌った。39歳。

中日新聞社